愛知県清須市にある清洲城。
新幹線の窓からよく見たりしただけだったり、
織田信長関連で聞いたことはあるかもしれない清洲城について
歴史やアクセスなど興味あるまたはこれから行ってみたいと思う人向けにカンタンに紹介したいなと思います!
私は織田信長のいちファンとして訪れて、天守内の展示含めてとても楽しめました!
こんなひとにおすすめ!
・清州城とは?
・交通手段がわからない
・出張ついでに観光したい
項 | 評価 | 説明 |
---|---|---|
歴史 | 織田信長の歴史に関わる ただ、史跡はほぼ残っていない | |
交通 | 駅から徒歩約15分 | |
広さ | ほぼ天守のみ |
歴史
築城年 | 1405年 or 1375年 |
築城主 | 斯波義重 |
城の種類 | 平城 |
現在の天守 | 望楼型 三重四階 模擬天守 |
文化財史跡 | – |
清洲城カンタン年表
- 1405年頃:尾張の守護斯波義重が築く
- 1476年頃:尾張国(今の愛知県)の中心地となる
- 当時の中心地下津城が焼失したため
- 1554年頃:織田信長が城主となる
- 桶狭間の戦いもこの城から出陣!
- 徳川家康との同盟もこの城で
- 1582年頃:織田信長の跡継ぎを決める「清洲会議」が行われる
- 豊臣秀吉ら重臣が集まって会議をした
- 1609年頃:名古屋城への都市移転に伴い、廃城となる
- 1989年頃:模擬天守が作られる
今川義元を討ち取ったことで有名な桶狭間の戦いのときに織田信長がいたお城だったのですね!
また、映画にもなったりした「清洲会議」の現場です。
本能寺の変で自害してしまった信長の家督と今後の織田家の体制方針が決まった会議になります。
そう考えると、戦国時代の歴史や織田信長の歴史に深く関わってきた場所であることがわかります。
それと、当時の資料などもなく、実は今の天守は想像で作られた模擬天守のようです。
土地開発で遺構がほとんどなくなってしまってとても残念ですが、それでも訪れる価値はあります。
見どころ
見どころを絞って紹介します!ぜひ忘れずにチェックしてください!
- 模擬天守
- 枯山水
- 石垣
- 清洲古城跡
【模擬天守】想像で作られた天守
手前の橋と色が相まってとても華麗に見える天守です。
安土城の天守を思わせる荘厳華麗で私はとても気に入っています。
内部は資料館となっており、清洲の町自体や織田信長等の戦国武将がメインテーマですが
太鼓や模擬火縄銃など体験型の資料が多く大人から子供まで楽しめるものがたくさんあります。
もし仮に、織田信長がいた天守を想像で作ってくださいと言われたらあなたはどんなものを作りますか?
【枯山水】天守の展望台から見下ろすとgood
よくお寺や日本庭園にある枯山水ですが
ここ清州城では天守から見下ろすことができます。
普段は横からみて楽しむもののイメージがありますが
真上から見ることで物理的に異なった角度で枯山水の味を楽しむことができます。
【石垣】廃城前の石垣とみられるもの
清州城本丸にあった石垣と見られる石垣です。
適当に放置されているように見えますが、実は復元した清州城では数少ない遺物です。
角が加工されていない石が多く、野面積と呼ばれる石垣技術の初期の技法が用いられています。
横からも見れるので、石垣の裏側ってどうなってるの?を見たいひとにはうってつけと思います。
他の城では加工されている石の石垣をよく見るが、なぜこれは加工されていないか考えてみよう!
【清洲古城跡】実際に清洲城本丸があった場所
天守を望む大手橋を渡る手前側に清洲古城跡公園があります。
実は本当に清州城があった場所はこちらになると考えられています!
公園として整備されている場所で周りに樹木が生い茂りとても静かな場所です。
ここに清州城があったということは、信長は負けが濃厚とみられた桶狭間の戦いへ向かう際もここで腹を括ったと思います。
そう考えると信長ファンの聖地と言っても差し支えないでしょう。
利用案内
お城は17時に閉まる場所が多いイメージですが、ここは30分はやいですね。
多忙スケジュールでギリギリの時間を攻める人は気をつけてください。
開城時間 | 9:00~16:30 |
休城日 | 月曜日〈休日の場合は直後の平日〉、12月29日~31日 |
入城料 | 大人300円、小人150円 |
アクセス
【清須駅から徒歩の場合】約15分
他にも
「新清洲駅」(徒歩15分)
「城北線星の宮駅 」(徒歩20分)
のルートもあります
【車】清洲公園駐車場 113台 ★無料
まとめ
ほとんど遺構が残ってないが、織田信長について深く知りたいひとにオススメ!
- 安土城に似た荘厳な模擬天守!
- 体験型展示物が多くて飽きない!
- 信長に深く関わりのある場所があった!
- 駐車場が広くて無料!