忍城の水攻めが失敗したのは、城や城下町よりも別の場所に水がたまり、やがて堤が決壊したためだと行田市は説明しています。 水を引き入れても、思いどおりに城を沈められるわけではなかったのです。
大量の水を引いたのに、城は落ちない。水さえ集めれば勝てる、という話じゃないんだ! 1590年、石田三成らの水攻めに耐えた忍城(おしじょう)では、水の行き先を左右する地形が気になってきます。
悩む庶民城のまわりを、どばーっと池にすればいいんじゃないの?

水を引くことと、狙った場所にためることは別なんだ。城の周りが全部同じ高さかどうか、図で見てみよう。
水攻めは、どうやって城に水を集めるのか
忍城の水攻めが行われたのは、豊臣秀吉が北条氏を攻めた1590年です。北条方の成田氏が守る忍城を、石田三成らが包囲しました。
水攻めでは、城の周囲に堤(つつみ)を築き、川の水を引き入れます。堤は、水が外へ広がるのを抑えて、ためるための土手です。

忍城を攻めるために築かれた堤は、石田堤(いしだづつみ)と呼ばれています。行田市の解説では、自然堤防や周囲の少し高い土地をつなぎ合わせたと考えられています。
もともと高い土地も、堤の一部として使ったと考えられているんだ! 巨大な土手を全部一から築く想像とは、少し違いますね。工事を見るときも、元の地形が手がかりになります。
出典:行田市「石田堤」
上から見ると、水のたまり方が見えてくる
堤だけを見るよりも、城と周りの土地まで見渡してみましょう。行田市の説明では、城を囲むように水を入れても、城や城下町より下忍・堤根方面に水がたまったとされています。

図の左側は、島や自然堤防を利用した城側の土地。右側は、水が広がる低地を表しています。地面にわずかな高低差があれば、水のたまり方も一様にはなりません。 城と周りを、平らな一枚の皿のように考えないことが手がかりです。
堤にも注目してください。行田市は、石田堤について自然堤防や周囲の微高地をつないだものと考えています。図では、この考え方が見えるように、低い土手と地面の起伏を描いています。
青い破線は川から引水する仕組みのイメージです。市の説明では利根川・荒川から水を引いていますが、この線が実際の取水地点や水路を示すわけではありません。また、城側にまったく水が来なかった、城下に被害がなかったと示す図でもありません。
出典:行田市「忍城跡」築城地の説明、行田市「石田堤」引水と水がたまった場所
全体をつかんだところで、城側の土地と水がたまった側を、もう少し分けて見てみましょう。
忍城は、低湿地に点在する島や自然堤防を利用して築かれました。自然堤防とは、川の氾濫で運ばれた土砂がたまり、川沿いにできた周囲より少し高い土地です。

城を守る側なら、水辺の中でも、どこが高くてどこが低いかを確かめたいのう。周りが湿地でも、足元の高さまで同じとは限らぬのじゃ。
同じ水辺に見えても、地面は平らな一枚の皿ではない。この違いが、水の行き先を考えるポイントです。
行田市は、川の水を引き入れても、地形の関係で忍城や城下町より、現在の下忍(しもおし)・堤根(つつみね)方面に水がたまったと説明しています。

水を引く工事ができても、それだけで城を攻略できるわけではありません。どこに水がたまり、どの高さまで届くのかが関わります。その後、堤は決壊し、水攻めは失敗に終わりました。
大軍と大工事だけ見れば、城はひとたまりもなさそうです。でも、水の行き先は人数の多さでは決まらない。土地と水を見ると、合戦の印象まで変わってきます。
出典:国土地理院「治水地形分類図の内容」自然堤防、行田市「忍城跡」築城地の説明、行田市「石田堤」水攻めの経緯
「浮き城」は、本当に浮いたという意味?
忍城は、「浮き城」という印象的な呼び名でも知られています。
行田市が紹介する由来では、水を入れても城がなかなか沈まないため、人々が「城が浮くからだ」と考えたといいます。建物が船のように水面へ浮き上がった、という話ではありません。
悩む庶民お城がぷかぷか浮いたのかと思った! そういう意味じゃないんだね。

そう。実際に浮き上がったのではなく、なかなか沈まない城を見て「浮くからだ」と考えた、という呼び名の由来だよ。
水攻めに耐えたのに、最後は開城した
では、忍城はその後もずっと戦い続けたのでしょうか。
水攻めでは落ちなかった忍城も、最後には城を明け渡しています。 北条氏の拠点だった小田原城が降伏した後、小田原城にいた忍城主・成田氏長(なりたうじなが)の命により、開城しました。

城を攻め落とされずに持ちこたえることと、戦い全体の結末は同じではありません。忍城の抵抗は続いていても、味方である北条氏の降伏によって状況が変わりました。
水攻めには耐えたのに、城の外で戦いの結末が決まっていく。そこまで知ると、「落ちなかった城」という一言だけでは終われません。守り切ることと、戦い全体に勝つことは別なんですね。
忍城を見るなら、建物と一緒に「水」に注目
現在の忍城のシンボル、御三階櫓(ごさんかいやぐら)は1988年に場所を移して再建された建物です。もとの御三階櫓が完成したのは江戸時代の1702年で、1590年の水攻め当時の建物ではありません。
一方、石田堤の一部は今も残っています。郷土博物館では、戦国武将の書状や石田堤の想定図などから、水攻めの経緯を知ることができます。
「水を入れたのに、どうしてここにはたまらなかったんだろう?」。その疑問が一つあるだけで、建物の外の土手や土地の起伏まで気になってきます。忍城では、城と一緒に水の行き先も想像してみてください。
見学の案内は、行田市郷土博物館の公式ページで確認してください。
出典:行田市郷土博物館「御三階櫓」移設再建、行田市「忍城跡」御三階櫓の歴史、行田市「石田堤」現存する堤、行田市郷土博物館「中世の行田」
大阪城でも、目の前の建物と、城がたどった歴史を分けると発見があります。

本文・出典の確認日:2026年9月8日。表紙と鳥瞰図はAI生成。本文の図解は城なび制作の説明図で、当時の地形・水位・建物を復元したものではありません。
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