昔の城攻めには、兵を進めて攻め入るほか、食料が届く道を断つ、水を利用して孤立させる、といった方法がありました。包囲や交渉の末に、守る側が降伏して城を明け渡す場合もあります。
高い石垣をよじ登り、門を破って、天守へまっしぐら。城攻めというと、そんな場面を想像しがちです。でも実際の戦いは、城の外にも広がっていました。
ここでは、戦国時代後半の四つの城を例に、「どうやって守りを崩したのか」を見ていきます。城を落とすことは、必ずしも建物を全部壊すことではなかったんです。
悩む庶民石垣を登りきった人が勝ち、という話じゃないの?

城の中へ入るために戦うこともあれば、城の中で戦い続けられない状況をつくることもありました。外から食料や助けが届くかどうかも大切なんです。
攻め込む、食料を断つ、水で囲む
まずは、攻める側が何に働きかけるのかを比べてみましょう。

左は城の守りを破って入ろうとする方法。中央は、城へ届く食料を断つ方法。右は、水を利用して城の周囲を囲む方法です。
これは、戦いを必ず三種類に分けられるという図ではありません。 実際には、包囲しながら攻撃したり、水攻めの途中で交渉したりと、方法が重なることがあります。
大切なのは、「壁の向こうへ入る」以外にも、守る側を追い込む考え方があったこと。具体的な城で見ると、その違いがはっきりします。
兵を進めて攻め入る――八王子城
城を直接攻撃して落とす戦いも、もちろんありました。
1590年、豊臣秀吉による関東制圧のなかで、八王子城は前田利家・上杉景勝の軍に攻められて落城しました。八王子市の解説では、山の地形を利用し、敵の侵入を防ぐ平らな区域を配置した城だったと説明されています。
攻めにくい山の城でも、それだけで守りきれるとは限らない。 山の上に城を築く理由を知っていると、ここは気になるところです。
ただし、「この石垣をこの順番で登った」といった具体的な攻撃経路まで、今回の図で再現しているわけではありません。山城を攻撃して落とした例として捉えてください。
出典:八王子市「八王子城跡」
城へ届く食料を断つ――鳥取城
どんなに守りが固くても、城の中にいる人は食べなければ生きていけません。その点を狙うのが、兵糧攻め(ひょうろうぜめ)です。「兵糧」は、軍の食料のこと。
1581年、羽柴秀吉は鳥取城を包囲し、城内への食料を断つ戦い方を取りました。壁を壊すことだけでなく、城を支える外とのつながりを断つのです。
そして、守る側も、ただ待っていたわけではありません。鳥取県の公文書館が紹介する書状には、毛利方の吉川元春が、鳥取城の救援のために船の派遣を急がせたことが記されています。

城の中、周囲の陣、遠くから来る食料や助け。視野を広げると、城攻めは城壁のすぐ下だけの出来事ではないと分かります。
鳥取城への救援は結果として成功せず、城は落城しました。城の形だけではなく、食料や援軍が届く状況も、守りを支える条件だったのです。
兵糧攻めは、城に立てこもる人々を飢えに追い込む過酷な戦いでもありました。「戦わずに楽に勝つ方法」と受け取らないようにしたいところです。
出典:鳥取県公文書館「第10回県史だより」吉川氏の軍事船派遣と鳥取城
水を利用して城を孤立させる――備中高松城
1582年の備中高松城攻めでは、羽柴秀吉が水を利用しました。いまの岡山県にある城で、香川県高松市の高松城とは別の城です。
岡山県の文化財解説によると、堤を築いて川の水を利用し、梅雨の時季とも重なって、城の周囲が水に覆われました。水を建物にぶつけて壊すというより、周りを水没させ、城を孤立させたと考えると分かりやすいでしょう。
ただし、どんな城でも水攻めができるわけではありません。水を利用できる地形や川との関係があってこその方法です。堤の長さや工期にも諸説があるため、ここでは一つの数字に決めません。
さらに、この戦いは、水に沈んで建物が全部なくなったところで終わったわけではありません。本能寺の変の後、秀吉と毛利方は交渉を進め、城主・清水宗治の自刃を経て和睦し、開城に至りました。
水攻めという方法と、戦いがどう終わったかは、分けて見る必要があるのです。
水攻めをしのいだ忍城の話は、こちらの記事で詳しく紹介しています。

降伏して城を明け渡す――小田原城
1590年の小田原合戦では、秀吉の軍が陸と海から小田原を攻め、北条方は城に立てこもりました。秀吉は近くの石垣山に城を築き、長期戦にも備えます。
その後、北条氏直が降伏し、城は明け渡されました。小田原市の解説も、この降伏と明け渡しを区別して記しています。
「開城(かいじょう)」は、抵抗をやめて城を明け渡すこと。城内の建物をすべて壊すことが、勝敗の条件だったわけではないんですね。
ただし、開城したからといって、その戦い全体に犠牲者がいなかったとは言えません。 小田原合戦では周辺の城も攻撃を受け、戦後には北条氏政・氏照が切腹させられました。「明け渡した」と「無血だった」は、同じ意味ではないのです。
自分が攻める側なら、城のどこを見る?
ここまでの例を知ると、城の写真を見るときにも、新しい疑問が浮かびます。
- 中へ向かう道には、どんな守りがあるだろう。
- 食料を運ぶなら、どの道や川を使うだろう。
- 助けの軍が来るとしたら、どの方向からだろう。
これは、現地で勝手に攻撃経路を決めるためではなく、地図や解説を読むときの問いです。現在の道や川が、昔と同じ形とは限りません。

城を守る側なら、門を固めるだけでは足りぬのう。食料は届くか、助けは来るか。城の外まで目を配りたいのじゃ。
高い壁だけでなく、その外の道や地形まで見る。すると、「この城は強そう」で止まっていた景色に、城を支えたつながりが見えてきます。
小田原城が城下町まで囲っていた仕組みを知ると、守る範囲の大きさも実感できます。
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参考資料
- 八王子市「八王子城跡」:1590年の攻撃・落城と山城の構造。
- 鳥取県公文書館「第10回県史だより」:1581年の兵糧攻めと、救援船の派遣に関する書状。
- 岡山県古代吉備文化財センター「備中高松城跡」:1582年の水攻め、築堤の解釈、和睦と開城。
- 小田原市「小田原合戦」:1590年の合戦と降伏・明け渡し。
資料確認日:2026年9月25日。表紙・本文図はAI生成の説明用イラストです。城・地形・陣・経路は模式化しており、実際の戦場や部隊配置を復元した図ではありません。吹き出しの会話は説明のための創作です。



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