江戸城が戦わずに引き渡されたのは、勝海舟と西郷隆盛らの交渉で、城の明け渡しや徳川慶喜の処遇について折り合いがつき、予定されていた総攻撃が回避されたからです。
城を守る話なのに、最後に効いてくるのは石垣の高さでも大砲の数でもない。城をどう渡すか、主君をどう扱うか。その条件を詰める話し合いだったんだ!
ただし、「無血開城」は、明治になるまで誰も血を流さなかったという意味ではありません。江戸城の引き渡しと、戦争全体の終結は別の出来事。ここを分けると、よく知る名前の奥に、ぎりぎりの交渉が見えてきます。
悩む庶民あんなに大きなお城なのに、戦わずに渡しちゃったの? 門を閉めていれば守れそうなのに!

城を預かる立場なら、門の内側だけを考えるわけにはいかぬ。戦えば城下はどうなるか、主君や家臣をどう守るか。城を守り抜くことと、人を守ることが、同じ選択にならぬ場合もあるのじゃ。
攻撃の予定はあった。話し合いで、その流れが変わった
1867年の大政奉還で、徳川慶喜は政権を朝廷へ返しました。それだけで対立が終わったわけではなく、翌1868年には鳥羽・伏見の戦いが起こります。ここから続く一連の戦争が戊辰戦争(ぼしんせんそう)です。
新政府軍は江戸へ進み、3月15日には総攻撃を予定していました。勝海舟と西郷隆盛が薩摩藩邸で会見したのは、その直前の3月13日・14日。ゆっくり理想を語っているだけでは済まない、時間の迫った交渉です。
※この記事の1868〜1869年の月日は、当時の暦(旧暦)で表記しています。現在のカレンダーの日付と、そのまま重ねないでください。
まずは、「会談した日」と「城を渡した日」を分けて見てみましょう。

話がまとまったその場で、城の門が開いたわけではない。 ここは少し意外ではないでしょうか。3月の会談から、4月11日の引き渡しまでには、合意を実際の手続きへ進める時間がありました。
品川区の『品川区史』では、会談後に西郷が大総督府へ報告し、さらに京都で処分案の許可を得る経緯も説明されています。二人の「よし、それでいこう!」だけで、すべてが完了した話ではなかったんですね。
出典:港区観光協会「西郷隆盛・勝海舟会談の舞台になった港区」、品川区史「東征軍の江戸城接収交渉」、国立公文書館「町奉行を廃止し市政裁判所を設置」
勝と西郷だけではない。会談へつないだ人がいた
無血開城といえば、勝海舟と西郷隆盛。二人の名場面を思い浮かべます。でも、そもそも敵側の重要人物に会ってもらうには、誰かが道をつながなければなりません。
そこで登場するのが、山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)です。山岡は勝の使者として駿府、現在の静岡市へ赴き、西郷に会って、勝との会談を実現させました。
さらに、その山岡を使者に推したのが高橋泥舟(たかはしでいしゅう)。国立国会図書館は、高橋が推し、山岡が西郷を説得し、勝が西郷と話をまとめた、というつながりを紹介しています。
有名な二人の間に、もう一本の道があったんだ! 会談の場面だけを見るより、そこへ至る人の動きが分かると面白い。

悩む庶民いきなり「西郷さん、ちょっと話そう!」で会えたわけじゃないんだ!

そう。交渉相手へ話を届け、会う機会を作る役目も大きかったんだ。勝・高橋・山岡は「幕末の三舟」と呼ばれることもあるよ。ただし、この三人だけですべてを動かした、という意味ではないんだ。
出典:国立国会図書館「あの人の直筆―旧幕臣と福沢諭吉/幕末の三舟」、国立国会図書館「山岡鉄太郎」
何を話し合った?「仲がよかった」だけでは解けない
勝と西郷には以前から面識があり、互いを高く評価していたことが紹介されています。その信頼関係は気になるところ。でも、友情だけで城の明け渡しが決まった、とまとめると肝心の交渉が見えなくなります。
話し合いの対象には、江戸城の明け渡しだけでなく、徳川慶喜をどう処遇するかという問題がありました。慶喜はすでに、朝廷に従う姿勢を示す「恭順(きょうじゅん)」をとっていました。
品川区史では、勝が慶喜について水戸へ退いて謹慎する案を示したことや、その後に明け渡しが決定した経緯が分かります。「とにかく仲直り」ではなく、誰をどこへ移し、何を引き渡すかを決める交渉だったのです。

城を明け渡すなら、その後に主君や家臣がどう扱われるかも確かめたい。「戦わぬ」と決めるにも、詰めるべき条件があるのじゃ。
大田区の解説では、勝には徳川家と江戸を守り、内戦による外国の介入を防ぐという課題もあったとされています。人柄、政治上の立場、戦火への懸念。いくつもの事情が重なっていたと考える方が、単純な美談よりも、その判断の重さが伝わります。
出典:品川区史「東征軍の江戸城接収交渉」、大田区「歴史的和平交渉・江戸無血開城」
「無血」なのに、その後も戦いがあった?
江戸城が引き渡されたのは、慶応4年(1868)4月11日。予定されていた総攻撃を避け、城を戦わずに渡せたことは、大きな転換点でした。
でも、その後の5月15日には、上野に立てこもった彰義隊と新政府軍の戦いが起きています。さらに戦争は北越・東北、箱館へと続き、1869年5月まで終わりませんでした。

悩む庶民えっ、開城の後にも上野で戦ったの? 「無血」って、そこまで全部の話だと思ってた!

「無血開城」は、江戸城を戦わずに引き渡した出来事を指すんだ。江戸全域や戊辰戦争全体で流血がなかった、という意味に広げないようにしよう。
一つの大きな戦いを避けたことと、すべての戦いを終えたことは違う。 そこを分けても、無血開城の意義がなくなるわけではありません。むしろ戦争が続く状況の中で、予定された総攻撃を回避できた点が、はっきりしてきます。
出典:国立公文書館「町奉行を廃止し市政裁判所を設置」、国立公文書館「鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争が始まる)」
江戸城を見るなら、石垣の先にある交渉にも注目
堀、石垣、大きな門。城を見ると、つい「どれくらい攻めにくいか」を考えます。でも江戸城の無血開城を知ると、別の問いも浮かびます。この城を渡すとき、誰が、何を守る条件を話し合ったのだろう?
勝と西郷の会見、会談をつないだ山岡や高橋、慶喜の処遇、引き渡しの手続き。そして開城後も続いた戦争。門が開く一場面の前後に、こんなに多くの判断があったんだ!
「戦わなかったから、何も起きなかった城」ではない。戦わずに渡すまでの経緯を知ると、大きな石垣も、また違った表情に見えてきます。

本文の図と表紙は、説明のためのAI生成イメージです。当日の建物・人物・配置・文書の復元ではありません。吹き出しの将軍は、城の主の目線で考える説明役で、実在人物の発言を再現したものではありません。
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