福岡城の天守は、いったん建てられた後に失われた可能性が高いと説明されていますが、詳しい消失時期と理由は確定していません。福岡市博物館の総館長は、2024年12月の市長会見で、新史料を踏まえてこの考え方を示しました。「幕府に遠慮して、初めから建てなかった」とだけ言い切るのは避けたいところです。
立派な石垣の台はあるのに、その上に天守がない。写真やテレビで福岡城を見て、「どこへ行ったの?」と思うと、答えは意外に簡単ではありません。今はないことと、昔もなかったことは別なんです。

石垣だけ残っているなら、昔の天守がなくなった跡だと思っていた!

その見方が有力になっているけれど、いつ、なぜ失われたかまで一つに決まったわけではないんだ。何が根拠なのかを分けて見てみよう。
出典:福岡市「市長会見2024年12月10日」福岡城の天守に関する新たな資料の発見
「建てなかった説」は、なぜ広まった?
福岡城には、天守を載せる土台である天守台が残っています。公式案内では、大・中・小の三つの天守台があると説明されています。ところが、1646年に描かれた「福博惣絵図」には天守が描かれていません。
こうしたことから、黒田官兵衛・長政親子は幕府に遠慮して天守を建てなかった、と考えられてきました。ただし、これはかつての説明です。絵図が描かれた時点で見えない建物でも、それ以前の歴史まで同じとは限りません。
図では、現在の状態と、二種類の史料が伝えていることを分けています。

「絵図にない」という手がかりの隣に、「建てた」と伝える手がかりが出てきた。何もない台の上を考えるのに、紙に残った言葉が効いてくるのが面白いところです。
2024年に発表された書状は、何を語る?
2024年12月、福岡市は、福岡教育大学にある資料の再調査で見いだした書状を発表しました。1640〜1650年ごろ、黒田家の家臣・梶原正兵衛が毛利甚兵衛へ宛てたものと説明されています。
書状には、石垣について述べる中で、天守を建てたことに触れる記述があります。市博物館の総館長は、天守が存在したという学説を補強する資料だと評価しました。
ただし、築城の現場を見た本人の実況ではありません。会見では、父や祖父の世代から伝わった情報と考えられることも説明されています。存在を考える重要な根拠が増えたことと、外観や消失の事情まで分かったことを分けて受け取りましょう。
出典:福岡市「市長会見2024年12月10日」博物館総館長による書状の説明
いつ、なぜ失われた?「破却の噂」と確定した出来事は別
福岡市博物館の2026年の解説は、細川家に残る、1620年と推定される書状案を紹介しています。そこには、黒田長政が天守や屋敷まで取り壊したという噂が江戸で広まっていたと記されています。
その背景として、大坂城の手伝普請への対応が考えられています。手伝普請とは、ここでは大坂城の工事を他の大名も担うことです。ただ、この書状案を読んで「1620年に、この理由で取り壊した」と確定してしまうのは行き過ぎです。噂を記した資料である点を残しておく必要があります。
同じ解説では、1638年の修理目録から、当時すでに天守台上に建物がなかったこともうかがえるとしています。一方、1646年の絵図にも天守は描かれていません。建設の手がかりと、後の不在の手がかりを並べても、その間の詳しい経緯はなお調べる余地があるのです。
出典:福岡市博物館「古文書と記録で見る福岡藩政史8」築城後の福岡城
2026年の発掘報告は、どこまで分かった?
文書だけでなく、地面の下からも手がかりを探しています。福岡市の2026年2月の経過報告では、床下を支える短い柱の基礎とみられる「束石(つかいし)」などを確認したとしています。
報告書の表現は、天守台の内側で床組などの建築工事が行われていた可能性を示すというものです。発掘で何かが見つかった、だから何階建ての天守が完成していたと分かった――と一足飛びにはなりません。
資料は、調査範囲を広げて地層や柱の配置を確かめる必要も挙げています。この記事で紹介するのは、この報告が述べた範囲です。未確定の天守を、想像の絵で完成させることもしません。
出典:福岡市「福岡城天守台調査の経過報告について」2026年2月・本文1〜2ページ
天守台を見るときは、三つの問いを分けよう
福岡城を知るときの手がかりは、「天守はなぜない?」を次の三つに分けることです。
- 今、何が残っている? 天守の建物と、石垣の天守台を分ける。
- 昔、建てられた根拠は? 新史料の建設への言及と、資料が書かれた時期を確かめる。
- いつ、なぜ失われた? 不在を示す絵図・修理目録と、破却をめぐる噂を区別する。

今はない、昔はあったかもしれない。その理由を調べる途中の景色なんだね。

そう。天守台があるという事実だけで答えを決めず、建物と史料を分けると、何が分かっていて何が未確定かが見えてくるよ。
天守台という言葉自体を確かめたい方は、天守台と天守閣の違いへ。江戸城のように、天守焼失の後に台を造り直した例は、江戸城の天守がなくなった経緯で紹介しています。見た目が似た城跡にも、それぞれ違う歴史があります。
福岡城の調査・公開状況は変わるため、現地での見学を考える際は福岡県観光情報の公式案内をご確認ください。
資料確認日:2026年10月24日。表紙・本文図は城なび制作のAI生成の模式図です。実景・原史料・未確定の天守外観を再現したものではありません。
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