名古屋城の天守閣に入れない?今の見どころと料金

名古屋城天守閣を石垣の下から見上げる
悩む庶民

名古屋城って、天守閣に入れないんだよね。じゃあ行っても意味ないのかな。

そこが誤解されやすいところなんだ。閉まっているのは天守閣の中だけで、名古屋城そのものには入場できるんだよ。

「名古屋城 天守閣 入れない」と検索して、そのまま行き先から外してしまう人がいます。

けれど閉まっているのは天守閣の内部だけです。名古屋城の公式サイトは、よくある質問のなかでこの点をはっきり書いています。

天守閣が閉館しているので、名古屋城には入場できないのでしょうか。

入場いただけます。

しかも、天守閣が閉まったあとに全面公開された建物があります。本丸御殿です。

この記事では、天守閣が閉まっている理由と、今の名古屋城で何が見られるかを整理します。あわせて、観覧料が2026年10月1日に改定されることと、木造復元がいつ着工するのかについて、公式資料に書かれている内容だけをまとめました。

本文の数値は、いずれも2026年7月26日時点で公式サイトと公式資料を確認したものです。

名古屋城天守
名古屋城の天守閣と小天守。外観はいつでも見られますが、中には入れません

タップできる目次

閉まっているのは天守閣の中だけ

まず、何が閉まっていて何が開いているのかを分けます。

施設今の状態
天守閣(大天守・小天守)閉館中。中に入れない
本丸御殿見学できる
西の丸御蔵城宝館見学できる
名勝二之丸庭園見学できる
石垣、堀、門、櫓の外観見学できる
重要文化財の隅櫓3棟通常非公開(外観は見られる)

入場できないのは天守閣の建物の中だけです。城内の通路も本丸も歩けますし、天守閣を石垣の下から見上げることもできます。

名古屋城天守閣を石垣の下から見上げる
石垣の下から見上げた名古屋城の天守閣。外観は間近まで近づけます

公式サイトの天守閣のページも、同じことを別の言い方で案内しています。

名古屋城には、天守閣以外にも、近世城郭御殿の最高傑作である本丸御殿を再建した復元本丸御殿など、多くのみどころがあります。

「天守閣に入れない城」と聞くと、更地を見に行くような印象を持ってしまいます。実際には、天守閣以外の建物と庭園がひととおり開いている状態です。

そもそも天守閣とは城のどの部分を指すのかは、別の記事で解説しています。

天守閣が閉館している理由

閉館の理由は、耐震性です。

公式サイトは次のように書いています。

耐震性が低いことに対応するため、天守閣を閉館しました。

ここで押さえておきたいのは、今の天守閣が戦後に建てられた建物だという点です。

項目内容
創建1612年(慶長17)完成
旧国宝指定1930年(昭和5)、城郭建築として第1号
焼失1945年(昭和20)、戦災により焼失
再建1959年(昭和34)、鉄骨鉄筋コンクリート造
構造五層五階地下一階

再建から半世紀以上が過ぎ、コンクリートの劣化と耐震性の確保が課題になりました。名古屋市の市民説明会資料には、「平成30年5月 現天守閣閉館」と記されています。2018年5月から、天守閣の中には入れなくなりました。

悩む庶民

再開の予定は出ているの?

公式サイトに再開時期は書かれていないんだ。あとで触れるけど、木造復元のほうも着工時期が決まっていない。だから「いつ再開」という答えは、今のところ公式には存在しないんだよ。

中の様子はストリートビューで見られる

建物には入れませんが、内部の映像は公開されています。

閉館中の現名古屋城天守閣の内観については、以下のGoogleストリートビューからご覧いただけます。画面右端の階数表示から、各階に移動することができます。

階数表示から各階に移動できるので、行く前に見ておくと、外から見上げたときの見え方が変わります。

今の名古屋城で見られるもの

ここからが本題です。天守閣の代わりに何を見るのか、順に挙げていきます。

本丸御殿は天守閣が閉まったあとに全面公開された

名古屋城の本丸御殿は、尾張藩主の住居であり、藩の政庁でもあった建物です。1615年(慶長20)に完成し、のちに徳川将軍専用の宿館になりました。

天守とともに旧国宝第1号に指定されましたが、1945年の空襲で焼失しています。その後、309枚の昭和実測図や約700枚の古写真、戦火を免れた1,049面の障壁画をもとに復元が進められました。

名古屋城本丸御殿の玄関車寄の唐破風と葵紋の飾金具
本丸御殿の玄関車寄。唐破風の下に葵紋の飾金具が並びます

復元工事は3期に分かれていました。

時期公開された部分
2013年5月29日玄関、表書院
2016年6月1日対面所、下御膳所
2018年6月8日上洛殿の完成をもって全面公開

全面公開は2018年6月8日です。天守閣が閉館した2018年5月の、翌月にあたります。

天守閣が閉まったことで見られなくなった建物と、入れ替わりに全部が見られるようになった建物が、同じ本丸のなかにあるという状態です。

御殿は、全国のほとんどの城で失われています。本丸がどういう場所なのかは、こちらにまとめました。

本丸御殿で見るべき部屋

見学できる部屋のうち、押さえておきたいものを挙げます。

  • 玄関 — 訪れた人が最初に通される部屋。金地の障壁画「竹林豹虎図」が描かれ、虎之間とも呼ばれました
  • 表書院 — 創建時には最大かつ最も格式の高い部屋で、正式に藩主に謁見する場でした
  • 対面所 — 藩主が身内や家臣と私的に対面し、宴席にも使った部屋。障壁画「風俗図」と折上小組格天井が見どころです
  • 上洛殿 — 1634年(寛永11)、三代将軍家光の宿泊に先立って増築された、本丸御殿で最も絢爛豪華な部屋
  • 湯殿書院 — 将軍専用の浴室。湯船はなく、外の釜で沸かした湯気を引き込む蒸風呂でした
  • 黒木書院 — 清須城内にあった家康の宿を移築した建物とも伝えられ、ほかの部屋と違って松材が使われています

上洛殿の障壁画は、当時33歳の狩野探幽が描いた「帝鑑図」や「雪中梅竹鳥図」です。

出入口は2か所あり、どちらから入るかで見られる部屋が変わります。

入館出入口主に見られる部屋
中之口部屋横出入口玄関、表書院、対面所、上洛殿
湯殿書院前出入口湯殿書院、黒木書院

本丸御殿の入館時間と、知らないと困る決まりごと

項目内容
入館時間9:00〜16:00
入館料無料(別途、名古屋城の観覧料が必要)

本丸御殿の入館は16時までです。名古屋城そのものは16時30分まで開いていますが、御殿はその30分前に締め切られます。

観覧にあたっての決まりが、公式サイトに並んでいます。知らずに行くと戸惑うものが多いので、先に読んでおくほうが安心です。

  • 入口で靴を脱ぎます。素足やストッキングの場合は、備え付けのスリッパに履きかえる
  • スーツケースなどの大きな荷物は、御殿内の無料ロッカーに預ける
  • 襖、障子、金具類には手を触れない
  • 写真は撮れますが、フラッシュは事前に切る。障壁画を保護するためです
  • 飲食と喫煙はできない
  • 携帯電話は使用できない
  • 車椅子の場合は御殿北側のスロープを使う。御殿内専用の車椅子が用意されている

さらに、建物そのものの条件として次の断りがあります。

江戸時代の空間を正確に復元するため、照明を控えています。冷暖房設備、トイレなどはありません。

冷暖房とトイレがありません。真夏や真冬に行くなら、御殿に入る前にトイレを済ませておくほうが確実です。

悩む庶民

写真は撮れるんだね。三脚は?

公式が明記しているのはフラッシュを切ることだよ。それ以外の撮影機材の扱いは公式サイトに書かれていないから、大きな機材を持ち込むつもりなら、当日に係員へ確認するのが確実だね。

西の丸御蔵城宝館

西之丸にあった三番蔵と四番蔵の外観を再現した、展示と収蔵の施設です。

名古屋城の歴史を紹介する歴史情報ルームと、国指定重要文化財の本丸御殿障壁画などを公開する展示室があります。

入館時間は9:00〜16:00で、本丸御殿と同じです。

名勝二之丸庭園

歴代藩主が過ごした二之丸御殿の北側に造られた庭園です。

項目内容
面積約3万平方メートル
位置づけ藩主が居住した城内御殿の庭園としては日本一の規模
名勝指定1953年(昭和28)に北御庭と前庭を指定
追加指定2018年(平成30)に庭園のほぼ全域

滝を表現した石組みの上に石橋を渡すなど、名園として評価されてきました。発掘調査によって、江戸時代後期の大名庭園の遺構が地下に残っていることがわかり、2018年に指定範囲が庭園のほぼ全域に広がっています。

重要文化財の隅櫓は3棟とも創建時のもの

名古屋城には、創建時のまま現存する隅櫓が3棟あります。いずれも重要文化財で、3棟とも通常は非公開ですが、外観は見られます。

名古屋城の石垣の上に建つ隅櫓
石垣の上に建つ櫓。名古屋城には創建時から残る重要文化財の隅櫓が3棟あります
隅櫓建造時期特徴
西南隅櫓1612年(慶長17)頃外から見ると二重、内部は三階。1923年に宮内省が再建修復したため菊紋の瓦が使われています
東南隅櫓1612年(慶長17)頃外観二重、内部三階。鬼瓦などに徳川家の葵紋
西北隅櫓1619年(元和5)頃外観三重、内部三階。江戸時代から現存する三階櫓では全国で2番目の大きさ

天守閣が閉まっていても、創建当時の建物は3棟が立っています。再建された天守閣より古い建物が、同じ城内にあるということです。

門と土塀は歩いて近づける

重要文化財の門も2つ公開されています。

  • 表二之門 — 1612年(慶長17)頃の完成。本丸の南側にある門で、門柱や扉の木材は太く、鉄板を打ち付けて造られています。両側の袖塀は土塀で、鉄砲を撃つための鉄砲狭間が開いています
  • 旧二之丸 東二之門 — 同じく1612年(慶長17)頃の完成。主柱と左右の控柱にも屋根をのせた高麗門形式で、1972年(昭和47)に当時の部材そのままで本丸東二之門跡へ移築されました

正門は別の経緯をたどっています。1910年(明治43)に旧江戸城内の蓮池御門が移築されましたが、戦災で焼失したため、天守閣と同じ1959年(昭和34)に再建されました。

門の形式ごとの違いは、こちらで解説しています。

二之丸の北面には、南蛮練塀と呼ばれる土塀が一部だけ現存しています。柱や厚板を使わず、粘土と砂利を石灰や油で練り固めた構造で、ほかの土塀と造りが違います。鉄砲狭間だけが円形に開けられていた塀です。

二之丸庭園の西方には、埋御門跡が残っています。藩主が脱出するための門で、土塀の下方の門をくぐって階段で空堀へ下り、舟で水堀の対岸へ渡って逃げられるようになっていました。

石垣と清正石

石垣は、名古屋城で最も規模の大きい見どころです。

名古屋城の石垣は、本丸・二之丸・西之丸・御深井丸(おふけまる)を中心に築かれ、三之丸も含めるとその距離は城全体で総延長8.2㎞に及びます。

総延長8.2kmです。築城の際に石垣工事を命じられたのは主に西国の大名20家で、「丁場割り」といって大名ごとに持ち場が決められていました。

石をよく見ると、さまざまな記号が刻まれています。各大名が運んだ石を他家と区別するために付けた刻印で、いさかいを避ける知恵でもあったとされています。

本丸東二之門を入った正面には、名古屋城の石垣で最大の巨石があります。

項目内容
通称清正石
大きさ約八畳敷
重さ推定10トン

ここで公式サイトは、通説をはっきり否定しています。

この石を清正が運んだという伝承があり「清正石」と呼ばれていますが、この石垣の施工大名は黒田長政なので、近代になって創作された説話です。

清正石を運んだのは加藤清正ではありません。この石垣の施工を担当したのは黒田長政で、清正が運んだという話は近代の創作だと公式が説明しています。

もっとも、清正が石垣づくりの名手として天守台の石垣を担当したこと自体は伝えられているとおりです。熊本から約2万人を引き連れ、わずか3か月足らずで工事を終えたと伝わります。二之丸には、大石に乗って運搬を指揮する清正の像が立っています。

石垣の積み方の違いは、別の記事にまとめました。

城内に残るそのほかのもの

  • 乃木倉庫 — 御深井丸に残る明治期の弾薬庫。空襲による焼失を免れ、事前に避難させてあった多くの障壁画や天井画が守られました
  • 名古屋城のカヤ — 樹齢600年以上と伝えられる天然記念物。実は縁起のよい食料として歴代の尾張藩主も食したと伝わります
  • 那古野城跡 — 現在の二之丸にあったと伝えられる城跡。織田信長が1555年(弘治元)に清須城へ移るまで住んでいました
  • 茶席 — 御深井丸の庭内、約2,000平方メートルの中に書院、猿面望嶽茶席、又隠茶席、織部堂が設けられています
  • 御深井丸展示館 — 木造平屋建ての展示館。郷土玩具や土人形、本丸御殿復元事業などの展示が企画テーマを変えながら行われています

乃木倉庫は、今の本丸御殿を成り立たせている建物でもあります。避難させてあった障壁画が焼失を免れたことが、戦後の復元を可能にしました。

那古野城跡から清須城への移動は、信長の前半生をたどる筋道になっています。

金鯱は天守の上で光っている

名古屋城といえば金の鯱です。天守閣に入れなくても、金鯱は天守の屋根の上にあるので下から見られます。

現在載っているのは二代目です。初代は1945年5月の空襲で天守閣もろとも焼失し、昭和実測図などをもとに復元されました。

項目北鯱(雄)南鯱(雌)
総高2.621m2.579m
重量1,272kg1,215kg
うろこの枚数112枚126枚
金量(18k)44.69kg43.39kg

雄のほうが大きく、うろこは雌のほうが多いという関係になっています。双眼鏡があると、うろこの並びまで見えます。

名古屋城の天守がどれくらいの規模だったのかは、日本の城の大きさを比べた記事で扱っています。

階段体験館(ステップなごや)

木造復元に向けて制作された、実物大の階段模型が展示されている施設です。一階層分の階段空間を、実際に昇り降りできます。

項目内容
入館料無料
開館日日曜日のみ(年末年始12月29日〜1月3日を除く)
開館時間10:00〜17:00

開いているのは日曜日だけです。天守閣の内部に入れない今、木造天守の階段を体感できる場所はここに限られます。

大天守と天守台石垣を100分の1の縮尺で作った模型や、実物大の大天守の最も太い柱と一般木造住宅の柱の太さを比べた展示もあります。

なお、実証実験を実施する日は閉館する場合があり、VR映像は時期によって休止することがあると案内されています。

観覧料は2026年10月1日に1,000円になる

ここが、行く時期を決める材料になります。

2026年9月30日までの観覧料

区分個人30人以上団体100人以上団体
大人500円450円400円
名古屋市内高齢者(65歳以上)100円90円80円
中学生以下無料無料無料

このほかに、徳川園との共通券が大人640円、1年間有効の定期観覧券が大人2,000円で用意されています。共通券は購入日以外でも使えます。

最新の料金は名古屋城公式サイトの観覧料ページで確認できます。

2026年10月1日からの観覧料

名古屋城の公式サイトは、令和8年10月1日(2026年10月1日)から観覧料を改定すると告知しています。

区分9月30日まで10月1日から
大人(個人)500円1,000円
名古屋市内高齢者(個人)100円300円
定期観覧券(大人)2,000円4,000円
中学生以下無料無料のまま

大人の観覧料は500円から1,000円になります。

公式のよくある質問でも、天守閣の閉館と料金の関係について同じ数字が示されています。

一般500円(令和8年10月1日以降は1,000円)、中学生以下無料で変更ありません。

天守閣に入れない状態は変わらないまま、観覧料だけが上がるという形です。

悩む庶民

改定前に買ったチケットはどうなるの?

公式の告知には「改定前に購入された観覧券についてはそのままお使いいただけます」と書かれているよ。定期観覧券は1年間有効だから、2,000円のうちに買っておくという判断はできるね。

2026年10月1日より前に行く価値

料金だけを見れば、改定前なら大人1人500円、10月1日以降は1,000円です。中学生以下は改定後も無料なので、金額が変わるのは大人の人数分だけです。

ただし、これは「今のうちに行くべき」という話ではありません。天守閣に入れない状態は改定後も続く見込みで、見られる範囲は改定の前後で変わりません。同じものを500円で見るか1,000円で見るかの差です。

悩む庶民

駐車場も変わったって聞いたけど。

そっちは2026年6月1日に改定済みだよ。普通自動車が30分あたり180円から250円になった。自動二輪車と原動機付自転車は100円から150円だね。

開園時間と休園日

項目内容
開園時間9:00〜16:30
本丸御殿、西の丸御蔵城宝館の入場16:00まで
休園日12月29日〜31日、1月1日(4日間)
見学の所要時間1時間〜1時間30分

実質の締め切りは16時だと考えておくのが安全です。名古屋城は16時30分まで開いていますが、本丸御殿と西の丸御蔵城宝館はその30分前に入場が締め切られます。今の名古屋城で中に入れる建物は、この2つが中心です。

所要時間について、公式は次のように案内しています。

本丸御殿を含め城内一円をじっくりご覧になる場合、1時間~1時間30分は必要になります。

本丸御殿を含めて1時間から1時間30分です。入場の締め切りが16時であることと合わせると、午後遅くに着くと本丸御殿を駆け足で見ることになります

休園日は年末年始の4日間だけです。ただし催事などにより変更される場合があると案内されているため、年末年始に行くなら公式サイトのお知らせを確認してください。

木造復元はいつ着工するのか

「名古屋城 木造復元 いつ」と検索すると、完成予定の年が書かれたページが並びます。けれど、名古屋市の公式資料に着工時期も完成時期も書かれていません

公式資料は「未定」と書いている

名古屋市が2026年2月の市民説明会で配布した資料には、復元の手続きの流れが図で示されています。その図に添えられた記述が次のとおりです。

現在 審議に要する期間は不明 着工時期 完成時期 未定

着工時期も完成時期も「未定」と明記されています。特別史跡の中で復元を行うには文化財保護法に基づく国の許可が必要で、その前に文化庁の有識者会議で審議されます。審議にどれだけかかるかがわからないため、その先の日程を置けない、という構造です。

同じ資料には、事業に着手した時点の予定も並べて示されています。

段階事業着手時点の予定
事業着手2017年3月(平成29年3月)
許可手続き2018年10月(平成30年10月)
解体着工2019年3月
天守完成2022年12月(令和4年12月)

当初は2022年12月の完成を見込んでいました。その予定が実現していないことは、天守閣が今も閉館していることからわかります。

ネット上で見かける完成予定の年は、公式資料に根拠がありません。公式が示しているのは「未定」という一語だけです。

事業がここまでたどった経緯

なぜ日程が置けないのかは、事業の経緯を並べると見えてきます。

時期出来事
2006年(平成18)耐震改修により現天守閣を存続させる方針(特別史跡名古屋城跡全体整備計画)
2009年(平成21)前市長が天守の木造復元に意欲。耐震改修と木造復元の両面から検討
2015年(平成27)技術提案・交渉方式による公募型プロポーザルを実施
2016年(平成28)市民2万人アンケートを実施。6割以上が木造復元に賛同
2017年(平成29)天守の木造復元に向けて事業スタート
2018年(平成30)5月現天守閣が閉館
2023年(令和5)6月名古屋城バリアフリーに関する市民討論会を開催
2025年(令和7)5月事業の進め方に係る総括を実施
2026年(令和8)2月市民説明会を開催

もともと名古屋市は、2006年の時点では耐震改修で現天守閣を存続させる方針でした。その後に木造復元へ舵を切り、2017年に事業が始まっています。

なぜ着工しないのか

日程が置けない直接の原因は、石垣です。

説明会資料は、石垣の保存方針をめぐる経過を次のように整理しています。

時期内容
2017年(平成29)事業着手後、石垣の保存方針のとりまとめに向けて石垣調査を開始
2018年(平成30)石垣の保存方針について有識者との認識の一致に至らず、竣工期限(令和4年12月)の前提である平成30年10月の文化審議会の諮問に至らない
2019年(平成31)4月現天守閣の解体を先行する申請を文化庁へ提出。竣工期限の延長を公表
その後文化庁から石垣の調査・検討等が不足しているとの指摘事項を受領

そして資料には、「継続審議となり、解体着工の目途がたたない」と記されています。

木造復元では、加藤清正が築いた天守台をはじめとする石垣の現状を厳格に維持することが前提になっています。石垣を保護できることを示せない限り、解体にも復元にも進めません。解体工事に着手するまでに保存対策工事を終える必要があるとされ、その工事が2024年度から順次進んでいる段階です。

さらに、現天守閣を解体したあとに穴蔵石垣の詳細調査を行い、木造天守を支える基礎構造を検討する工程が控えています。着工時期が示せないのは、その前に終えるべき調査と工事が残っているためです。

2023年6月の市民討論会では差別事案が発生し、名古屋市は2025年5月に事業の進め方に係る総括をまとめました。2026年2月の市民説明会は、その総括を踏まえて開かれたものです。

決まっていること

一方で、日程が示されている作業もあります。

項目公式資料の記載
バリアフリー方針のとりまとめ令和8年度末を目標に、5回程度の対話の場を想定
石垣の保存対策工事令和6年度(2024年度)から順次実施中

バリアフリーについては、令和8年度末に一定の方針をとりまとめることを目標に、当事者が参加する対話の場を重ねる方針が示されています。日本の年度は3月で終わるため、令和8年度末は2027年3月にあたります。垂直昇降設備は、史実性との両立を図りながら、可能な限り上層階までの設置を目指して検討するとされています。

石垣は、設計が完了して現状変更許可を取得した面から工事が始まっています。天守台北側の対面の石垣が最初の着手箇所です。

悩む庶民

事業そのものは止まっていないんだ。

止まってはいないよ。ただし動いているのは石垣の保存とバリアフリーの検討で、天守そのものの工事はまだ始まっていない。だから「いつ着工」という質問には、公式も答えを持っていないんだ。

現天守閣そのものの扱い

木造復元は、今の天守閣を解体することを前提にしています。

説明会資料には、解体される現天守閣について「記録の保存と記憶の継承」という項目が置かれています。開館当時の動線や展示内容を再現する映像の制作、躯体の内部構造の記録、市民から写真や図面を集めるアーカイブ、部材を活用した展示やグッズの制作が挙げられています。

戦後復興の象徴として建てられた建物であるため、解体そのものが記録の対象になっているということです。

現天守閣に入ったことがある人にとっては、その建物が最終的に解体される前提で計画が進んでいることになります。ただし、その解体がいつになるかも未定です。

名古屋城へのアクセス

住所は〒460-0031 愛知県名古屋市中区本丸1番1号です。

公共交通機関

経路所要時間
地下鉄名城線「名古屋城」7番出口より徒歩5分
市バス栄13号系統「名古屋城正門前」下車すぐ
なごや観光ルートバス「メーグル」下車すぐ
基幹2号系統「市役所」徒歩5分

地下鉄名城線の「名古屋城」駅から7番出口を出て徒歩5分が基本の行き方です。

車で行く場合

駐車場収容台数営業時間料金(普通車)
正門前駐車場普通車308台8:45〜21:3030分以内ごと250円
二の丸東駐車場普通車123台8:30〜22:3030分以内ごと250円

駐車場料金は2026年6月1日に改定済みで、普通自動車が30分あたり180円から250円になりました。自動二輪車と原動機付自転車は、30分あたり100円から150円に変わっています。

大型車の夜間宿泊以外に予約制度はなく、先着順です。

行く前に決めておくこと

荷物

正門と東門にコインロッカーがあります。コインロッカーに入らない荷物は、正門の総合案内所で1個につき300円で預かってもらえます。

本丸御殿では入口で靴を脱ぐため、脱ぎ履きしやすい靴にしておくと動きが楽です。

ガイドを頼むかどうか

名古屋城観光ガイドボランティアが城内を案内しています。

項目内容
費用無料
ガイド時間約60分〜90分
案内場所屋外および本丸御殿
案内人数ガイド1人につき10名程度

事前予約は電話で受け付けており、予約日の2か月前から7日前までに申し込みます。出発場所は正門と東門から選べます。

ガイド活動には休止期間があります。2026年7月26日時点では、6月22日から9月23日まで日本語のガイドが休止と告知されていました。休止の期間は年によって変わるため、利用するつもりなら訪問前に公式サイトで確認してください。

夜に行く場合

天守閣のライトアップは、日没から23時まで行われています。毎月8日は環境デーのため21時30分までです。

城内に入れる時間は16時30分までなので、ライトアップは城の外から見ることになります。

桜と梅

城内には桜が約900本、梅が約70本あります。桜はソメイヨシノ、ヤマザクラ、シダレザクラ、サトザクラなどです。

よくある質問

名古屋城の天守閣に入れないのはなぜですか

耐震性が低いためです。公式サイトは「耐震性が低いことに対応するため、天守閣を閉館しました」と説明しています。今の天守閣は1959年(昭和34)に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建された建物で、再建から半世紀以上が経過し、コンクリートの劣化と耐震性の確保が課題になりました。

天守閣が閉館したのはいつからですか

2018年(平成30年)5月からです。名古屋市の市民説明会資料に「平成30年5月 現天守閣閉館」と記されています。

天守閣に入れなくても名古屋城には入場できますか

できます。公式サイトのよくある質問は「入場いただけます」と回答し、本丸御殿、重要文化財の建築物、庭園、石垣、四季の花や木を見どころとして挙げています。

名古屋城の観覧料はいくらですか

大人500円、中学生以下は無料です。名古屋市内在住の65歳以上は100円です。ただし2026年10月1日(令和8年10月1日)から大人1,000円、市内高齢者300円に改定されます。中学生以下は改定後も無料です。

木造復元はいつ完成しますか

公式には未定です。名古屋市の市民説明会資料には「着工時期 完成時期 未定」と明記されています。特別史跡内の復元には国の許可が必要で、審議に要する期間が不明とされているため、その先の日程が示されていません。

本丸御殿で写真は撮れますか

撮れます。障壁画保護のため、フラッシュ撮影は禁止されています。

名古屋城の見学にはどれくらい時間がかかりますか

1時間から1時間30分です。公式は「本丸御殿を含め城内一円をじっくりご覧になる場合、1時間~1時間30分は必要になります」と案内しています。

名古屋城の休園日はいつですか

12月29日から31日と、1月1日の4日間です。催事などにより変更される場合があります。

何時までに入れば本丸御殿を見られますか

本丸御殿と西の丸御蔵城宝館への入場は16:00までです。名古屋城の開園は16:30までですが、建物に入るならその30分前が締め切りになります。

閉館中の天守閣の中を見る方法はありますか

Googleストリートビューで内観が公開されています。公式サイトの天守閣のページからたどることができ、画面右端の階数表示から各階に移動できます。

お城巡りに持っていくべき本の紹介

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お城初級者向け:日本100名城公式ガイドブック

専門的な知識はあまりなく、ただ単にお城いってみたい!全国の有名なお城の概要を知りたい!

という方にはコチラ!概要レベルの紹介で、見どころなどの情報がギュッと詰まっています

さらには日本の他の名城も紹介しているので、次に次にお城に行きたくなる情報も満載!

お城中上級者向け:城の攻め方・つくり方

こちらは、ある程度お城をめぐって、天守の美しさだけではなく、内部構造や城郭、土塁、石垣、門、櫓などお城を成している構造物に着目している方向けです!

より深くお城に対しての知的好奇心がわく内容になっており、これを見ながら巡ると、着眼点が「お城っていいな~」から「このお城を攻めるには/守るにはどうすればいい!?」と変わってきます!おすすめです!

移動中や観光中に本を聴く

お城巡りをするときにはどうしても移動時間が発生してしまいます。

その移動中などの有効な時間の使い方として、「本を聴くサービス」のAmazon Audibleをおすすめします!

おすすめの理由!

  • 目が疲れない(老眼が気になる人に)
  • 乗り物酔いしない
  • 本のように物理的なスペースを取らず、スマホから聴ける
  • 数十万以上の対象作品が聴き放題
  • 朗読者がプロなので聴きやすい
  • 無料体験で試せる!

例えば、大阪城を巡る前に、豊臣秀吉に関連する本を移動中に聴いておくと、より歴史を深く知れると思います!

私も登録して時々本を聴いていますが、お城巡りだけでなく、普段使いで料理中や作業中など~ながらで本をインプットできるので重宝しています!

本を聴こう!

30日間の無料体験後は月額1,500円(プレミアムプラン)で自動更新。スタンダードプランは月額880円。いつでも退会できます。

時々キャンペーンもしてるよ要チェック

公式サイト:https://www.audible.co.jp/

まとめ

名古屋城の今の状態を整理します。

  • 閉まっているのは天守閣の中だけ — 城内には入場でき、本丸御殿も庭園も見学できる
  • 閉館は2018年5月から — 理由は耐震性。再開時期は公式に示されていない
  • 本丸御殿は2018年6月8日に全面公開 — 天守閣の閉館とほぼ入れ替わりに全部が見られるようになった
  • 観覧料は2026年10月1日に大人1,000円へ — 9月30日までは500円。中学生以下は改定後も無料
  • 木造復元の着工時期と完成時期は未定 — 公式資料に年は書かれていない
  • 入場の実質の締め切りは16時 — 本丸御殿と西の丸御蔵城宝館はここで閉まる

「天守閣に入れない」という一点だけで判断すると、近世城郭御殿の最高傑作と評される建物を見ずに帰ることになります。本丸御殿は、天守閣が閉まったあとに全面公開された建物です。

料金や開園時間は改定されることがあります。特に観覧料は2026年10月1日の改定が告知されているため、訪問の前に名古屋城公式サイトで最新の案内を確認してください。料金は観覧料のページに載っています。

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