お城のご飯はどこで作った?二条城・名古屋城の台所と配膳を図解

お城の食事をどこで作ったかを問い、低い木造の調理場にかまどと釜を描いた表紙

昔のお城には、食事を作る台所がありました。二条城では御殿に関わる台所や御清所が料理の場。名古屋城では、将軍が泊まった際に上台所で料理を作り、別の部屋で温め直して盛り付け、宴の場へ運びました。

大きな天守を見ていると、その中で寝て、ご飯も作っていたのかなと想像したくなります。でも、食事の道筋をたどると気になるのは、御殿とその台所。華やかな座敷の向こうには、料理を整える場所があったんだ!

悩む庶民

お城の一番上まで、ご飯を運んでいたの?

今回の名古屋城の例では、台所から御殿の宴の場へ運んだんだ。料理を作る部屋と、盛り付ける部屋も分かれていたよ。

ここでは、公式資料で確認できる二条城と名古屋城の例を見ます。城や時代によって使い方は違うため、すべての城の食事を同じ仕組みとは決めません。殿様の住まいと天守の違いは、殿様は天守に住んでいた?で整理しています。

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二条城の台所には、土の床とかまどがあった

二条城の二の丸御殿には、台所と御清所(おきよどころ)という料理に関わる建物があります。台所は、土のままの床である土間と、板を張った板間が広がるつくりです。

二条城の公式解説によると、台所の土間の一角には、かまどを意味する竈(かまど)と、流しがありました。ただし、いまもその設備がそろって残っているわけではありません。公式は、現在は屋根に煙出しが残ると説明しています。

煙を外へ逃がす出口が、料理の場だったことを教えてくれる。調理道具が見えなくても、屋根に手がかりがあるんですね。昔の設備と、いま残るものを分けて見ると、建物の役割を読み取りやすくなります。

台所の南に続く御清所は、江戸時代には御料理間と呼ばれていました。ここには4畳の大きさの囲炉裏があり、料理を温めたり調理したりしたことが分かると、公式資料は説明しています。

なお、現在の台所の建物は、1626年の後水尾天皇の訪問に合わせて建設されたと考えられています。年代についても、確定した記録と同じ強さでは言い切りません。

根拠:二条城公式「城内の文化財と施設」二の丸御殿台所・御清所。

名古屋城では、作る・盛り付ける・運ぶを分けていた

名古屋城の本丸御殿で将軍が宿泊した際の料理については、公式の音声ガイド原稿に、部屋ごとの役割が記されています。料理を作ったのは上台所(かみだいどころ)。そこから上御膳所(かみごぜんしょ)の御膳場(ごぜんば)へ料理を運びました。

御膳場には長い囲炉裏と、天井に煙を逃がす煙出しがありました。ここは料理を盛り付けたり、温め直したりする場所。準備した料理は膳にのせ、将軍との宴の場である上洛殿(じょうらくでん)へ運びます。

下の図では、この料理の工程を三つに分けています。矢印は建物の位置や廊下の復元ではなく、料理が届く順番です。

名古屋城の料理は上台所で作り、上御膳所の御膳場で温め直して盛り付け、上洛殿の宴へ運ぶという三つの工程を示す模式図
AI生成の模式図。名古屋城公式の説明をもとに料理の工程を示し、建物の配置・寸法・道具の形を復元したものではありません。矢印は料理の工程で、実際の運搬ルートではありません。

料理の工程の図を大きく見る

なるほど、台所で完成させて、すぐ座敷へ直行するだけではないんだ! 冷めた料理を出さないよう、途中でもう一度温め、盛り付けを整える。そのための部屋が用意されていました。

悩む庶民

盛り付ける部屋にも畳があるの? こぼしたら大変そう!

公式ガイドは、囲炉裏の周りが畳敷きだったと説明しているよ。将軍の料理を整える場所にも、部屋の格が表れているんだね。

根拠:名古屋城公式「本丸御殿音声ガイド」18頁・上御膳所①(PDF)。ガイドの語りは現代の案内であり、実在の徳川家康の証言として扱うものではありません。

一段高い部屋に置かれたのは、人ではなく料理

上御膳所には、御上段(ごじょうだん)という、周囲より床が一段高い部屋もありました。公式ガイドの19頁は、ここを将軍が食べる料理を一時的に置く場所と説明しています。

長囲炉裏の横で料理を盛り付け、膳に並べた後、御上段へ運ぶ。床に直接置いた扱いにならないよう、一段高い場所に置いたという説明です。部屋の高さが、人の座る場所だけでなく、料理の扱いにも関わっていたとは面白い!

「上段」という言葉があっても、すべてを将軍の席だと思うと、部屋の役割を取り違えてしまいます。名前と合わせて、何を置き、何をした部屋かを見るのが手がかりです。

根拠:名古屋城公式「本丸御殿音声ガイド」19頁・上御膳所②(PDF)。

昔の台所と、いま見える建物を読み分ける

二条城の台所・御清所は、昔の料理の場を伝える建物です。一方、名古屋城で現在見られる本丸御殿は、1945年の焼失後、史料をもとに復元され、2018年に全体の復元が完成したものです。両方を同じ「昔から残る台所」として扱うことはできません。

根拠:名古屋城公式「本丸御殿」。見学対象を整理するには、名古屋城の天守と本丸御殿の見学案内をご覧ください。

また、今回の資料は二つの城の建物や用途の説明です。毎日の献立、料理人の人数、城にいた全員の食事の場所までは確かめていません。建物から分かる仕組みと、記録が必要な暮らしの細部は分けて考えます。

お城を見るときは、料理が届く道筋も探してみる

お城の食事を知る手がかりは、台所だけではありません。二条城では土間と板間、屋根の煙出し、御清所。名古屋城では作る場所、温め直して盛る場所、膳を置く場所。それぞれの役割を追うと、華やかな部屋を支えていた仕事が見えてきます。

写真や案内図を見るときに「台所」「御膳所」という名前を一つ探してみてください。高い天守だけに目を向けていたときには気づかなかった、城で食事を用意する仕組みがつながってきます。

本文の史実は2026年10月10日に公式資料を確認しました。表紙と本文図はAI生成の模式図で、実景・実測図・建築復元図ではありません。

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